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出来損ないの人生放浪記

完全に個人的な日記。日々の出来事や読んだor観た作品について綴る日記です

【鬱記事】期間工もリゾバもやーめたっ☆

本日は8時に起床し、今の今までひたすらに仕事を探していた。

私は先の記事で考えうるいくつかの選択肢について述べたが、今日はそこから少し離れ、自分が本当にやりたいことを探してみた。

私がやりたいこととはなんだろう。

様々なものに興味関心を持っていた大学一年生の頃ならまだしも、今現在の私には自己をいくら探っても真実が掴めず、むしろ探せば探すほどそれは彼方へと遠のいていくように思えた。

高校時代には音楽に興味を持ち寝る間も惜しんでギターを弾いていたが、今では数ヶ月以上ギターを手に取ることもなくなってしまった。

大学一年の頃は学問に関心をもち、哲学者を気取っていたが、今思い返すとあれは哲学ごっこであった。
いや、ごっこ遊びにすらなっていなかった。あれはただひたすらに、周囲の人々から知的な人間だと思われたいがための幼稚な行動であった。

それでは私が本当にしたかったこと、なりたかったものは存在しないのであろうか。

いや、以前から一貫して心の隅にあった思いはあった。それは「物書きになりたい」という願望だ。

中学時代に村上春樹の本を読み、高校時代に森見登美彦の小説に没頭した私は、こんな面白い物語を紡いでみたいと考えていた。

深夜特急をはじめとする様々な紀行文や面白いエッセイ本に読み耽っていた高校時代以降は、エッセイストになりたいと心から思っていた。

どうしてそれらの感情を忘却していたのであろうか。

私は思った。出版社やそれに準ずる企業でアルバイトをしてみたい、と。

だが、そこには大きな問題が立ち塞がる。それは私の人格的な問題であり、これまでの人生の節々に悪影響として現れ、私を苦しめてきた障害である。

それは巷に「回避性人格障害」といわれる。

私は精神科に通った経験があるわけではない。したがって正確にこの病気であると診断されたわけではない。しかし、私のこれまでの行動がこの病気にピッタリと当てはまるのである。

精神医学的には以下の項目のうち4つ以上が当てはまると認められれば回避性人格障害である可能性が高いとされる。

(1)批判、非難、または拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける
(2)好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたがらない
(3)恥をかかされる、または嘲笑されることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す
(4)社会的な状況では、批判される、また拒絶されることに心がとらわれている
(5)不全感のために、新しい対人関係状況で抑制が起こる
(6)自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている
(7)恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険を冒すこと、または何か新しい活動にとりかかることに、異常なほど引っ込み思案である

引用元:

私はこれを読んだ瞬間「これはまさに私のことではないか」と感じた。

いくつ当てはまったというレベルではなく、七つの項目全てが私の人生を悪い方向へと引っ張っていった原因なのである。

長くなってしまったが、私はこの病気を「逃げ」の言い訳に使いたいわけではない。むしろ私はこれを早く克服し、まっとうな人間として生活したいと思っている。

そのために、私は社会的活動を通して自己肯定を高めなければならないのだ。自己肯定感を高めることで、人格障害を克服することができる。

そしてそれを遂行するには、自尊心の高い人々が集まる場所に身一つで突っ込んでいかなければならない。

自らの「逃げ」のために、同類が集まる環境に閉じこもっていては何の解決にもならぬ。

私は今日、そう感じた。

そして目標であったライターのアルバイトに応募した。

採用されるかはわからない。採用されたところで役に立てるかどうかもわからない。だが、挑戦こそが大事なのだ。私は数年ぶりに大事なことを思い出した。挑戦する心を失った人生など、評価するに値しないのだ。

私はようやくマズローの五段階欲求の意味を理解した。これまで二段目の「安全欲求」にしがみついていた私であったが、このままここにしがみつき、くすぶっていてはならぬことにようやく気づいたのである。

面接日は27日。続報に期待せよ。